共生の文化

人間・環境システム論のパラダイム (ch.1)
Paradigm of Human-environment System


 人間・環境は 癒しのシステムでなければならない。

 空間、生活環境の分析を研究対象としてきた学問分野はいくつもある。それらの計画、設計に主眼をおくものは建築学会であった。さらに領域を広げた都市計画学会、人間環境学会等いくつかの学会も新たに作られた。ただ、それらの研究のほとんどは機能主義的アプローチをとっている。

 しかし、我々の生きる生活空間は機能の集積で構成するだけでよいのだろうか。機能主義は環境を人間に奉仕する道具として捉え、それによって「住みやすい」環境を構成しようとする。一方、人間そのもののあり方について問うことはない。

 人間そのもののあり方をこれでよいのか、と問うことなくして、本当の生き生きと生きるための妙薬は見つからない。本論は、このような問題意識に立ち、2005年人間環境学会にて発表したものに加筆したものである。


1 臨床的環境とは

1.1 臨床的環境の必要性

*村、町、都市、建築・・・これらはみな臨床的であった

 古来、人間の集住形態には、コスモス-ノモス-カオスの系、あるいは、ハレ-ケ-ケガレの系という人間集団のための臨床的システムが組み込まれていた。人間は生活環境によって癒されねばならないのである。

 さらに、いわゆる世界宗教は集団としてというよりも本来個人の救済という臨床的システムとして登場した。そして、それらは民族、地域を超えて広まったがゆえに、世界宗教と呼ばれる。

 都市や建築の形態も臨床的システムという枠組みの中で捉えなおす必要がある。現に、建築史に登場する建物の大半は、臨床的システムの要素を強く有するものであり、それ以外のものが環境構成の中心になるのは産業革命以後のほんの短期間に過ぎない。

 現代社会は身体・精神的にさまざまなひずみが蓄積、肥大化していることは誰しも実感するところである。21世紀は癒しということが重要課題のひとつとならねばならないが、癒しの定義があまりに曖昧で、その方向性、実現の方法等、現在は明確な理論がない。 

 本研究は、癒し空間という観点から、古来の臨床的な文化に学びながら、そこから身心の側の条件と環境の側の条件を統一する、ひとつのシステムを提示し、癒しの人間・環境システム論という新たなパラダイムを示すものである。

1.2 共生システムとしての癒し空間システムの構築

*宗教は最深の人間・環境共生システムでなければならない。

 人間-人間、人間-環境、人間-自然などと対峙される共生関係は宗教文化の中で最も鮮明に現れる。深い癒しという状態もこの共生関係においてのみ実現されることは明白である。

 しかし、一方、宗教は排他的な側面を持っている。世界宗教といえども現実のキリスト教、イスラム教が排他的な面を強く持っていることは認めざるを得ないだろう。

 教義に注目すれば宗教間に互いに矛盾する面があり、排他的にならざるを得ないかもしれないが、教義から一歩距離を置いてみれば、各宗教は祈ること、坐ること、歩くこと、呼吸すること、空間を設定すること、等において共通する方法が見いだされる。そしてこれらは宗教に限定されるべき事柄ではなく、生活することの基本であることに気づかされるのである。「健康法」なのである。

 本研究は、癒しという観点から宗教文化をとらえ、いわゆる宗教という枠を超えて通底する共通の癒しのシステムを発見しようとするものである。

1.3 癒し空間システムの臨床的手法の創造

*「である」システムから「なる」システムへ

 癒しのシステムは現状の身心状態がどのようであるか、だけではなく、如何にしてより健康な状態へと変容するか、に焦点が置かれなければならない。「なる」に焦点を置くならば、その方向性を示す必要がある。つまり、発達理論が必要なのである。

Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

 これは現在のWHO憲章前文による健康の定義である。しかし、1998年、以下のような新たな健康の定義が提案された。

Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

 健康が静的に固定した状態ではなく動的dynamic な状態であること、physical、mental、social な状態だけでなく、霊的 spiritual な状態であることを明記した画期的な定義である。

 この提案は、WHO執行理事会で総会提案とすることが採択されたが、その後のWHO総会では、残念ながら審議入りしないまま採択見送りとなっている。

 しかし、ここに述べられているように、健康とは「である」システムではなく、「なる」dynamic なシステムでなければならず、霊的spiritualな次元を含まねばならない。このことを我々は「癒し」と呼ぶ。

 心 mind の発達については、発達心理学が多くの発達理論を提出してきたが、それらは主に、日常意識を対象とし、成人期までの発達を主要な対象にしてきた。最近はフロイトに始まり、エリクソン*において一つの集大成を見たライフサイクル論としての生涯発達心理学が登場した。さらに、ケン・ウィルバーはプレパーソナルから、パーソナル、トランスパーソナルを包含する意識(霊性) spirituality の構造理論を提出している*。

 本研究の仮説するシステムは宗教文化から抽出されるが、宗教にとどまらず、宗教文化に深く根ざす和歌、茶道、能などにも妥当することは本研究者が予備的に発見している。それらを分類整理することによって、宗教文化から日常生活にわたる癒し空間システムを臨床的手法として提示する。

 我々の目指す癒し空間システムは発達理論である。それは、単なる身体のphysical発達理論ではなく、また、意識のmental発達理論でもなく、霊性のspiritual発達理論なのである。

 それでは、身体と意識に注目しながら、如何にして霊性の次元に到達できるのであろうか。

*E.エリクソン:アイデンティティとライフサイクル(1959)
*K.ウィルバー:アートマンプロジェクト(1980)






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